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ICHIRIDUKA ~ milemark for travelers
基本的には旅のページ。 ただ、いつも遊んでるわけじゃないんで、時々野球とか地元茨城ネタとか、気の向くままに書いてます。



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Author:まっつー
はじめまして。まっつーです。
日本全国回ってます。
旅の手段は飛行機から船、電車、バス、自転車、徒歩まで何でも問いません。

旅した記録を、書いたのがこのページ。
辞書に”milemark”という言葉はありませんが、1マイルごとにある表示のことだそうです。日本で言うと、一里塚。
旅の記録を"milemark"として、一つずつこの日記にこめられればと思っています。

はじめてこのページにお越し頂いた方でも、だれでもコメント残していってくれるとうれしいです^^)/
よろしく!!



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藝於游(その6)―弘道館
さて、千波湖をあとにし、偕楽園の駅前にあるバス停から水戸駅行きで、中心街へ向かいます。
終点の一つ手前?でバスを降りました。
水戸から大工町の方へ向かう大通りには、京成百貨店が最近できたようで、店の一階部分にはルイ・ヴィトンまで入っていてびっくり。茨城に似つかわしくな・・・いや、失礼。

ともあれ、行った先は弘道館。
偕楽園で時間を費やしすぎて、弘道館の閉館の時刻も間近になってしまいました・・・。

PICT0067.jpg

弘道館。
徳川斉昭公(烈公)が、学校を作ろうとこの地に建てました。
いわゆる「藩校」といわれる、藩で建てられたものです。
藩校といえば、長州の明倫館、薩摩の造士館などがあり、
これら幕末に立てられている学校が先の明治維新へ移行する時代に
重要な役目を果たしたことは明らかでしょう。
水戸は、二代藩主・徳川光圀が大日本史の編纂を始めてから
大日本史の執筆が代々受け継がれてきたため、どの水戸家の藩主も学に注力していました。
その中でも斉昭公は力を入れてたといえるでしょう。

PICT0081_20091022173233.jpg


「尊攘」。
尊皇攘夷すなわち、天皇を敬い、外国を追い払うといった幕末の運動です。
大日本史の編纂は、学校で見るような日本史の歴史教科書のようではなく、
いかように大和国が道を歩んできたかが記されています。
すなわち、歴代の天皇に沿い書かれているそうです。
光圀の時代から始まり、約200年近くたった斉昭の時代には、
すっかり「尊皇」の精神が確立されていたのでしょう。

PICT0086_20091022173233.jpg


弘道館の敷地全体が、武家屋敷のようなよい雰囲気を醸し出しています。

PICT0072_20091022173232.jpg


ここが至善堂にある掛け軸。
至善堂は、15代将軍・徳川慶喜公が大政奉還の後に謹慎したところだそうです。
慶喜公は幼年時代この弘道館において多くを学んだそうです。
将軍となった時に手腕を振るっていたのも、ここで力をつけることができたからでしょう。
家康以来の能力を持つとまで言われたが、大政奉還後、
再び政治の実権を握ることはありませんでしたが・・・。

この掛け軸に書かれている歌は斉昭公によるもので、このように書かれています。

行く末も 踏みなたがへそ 蜻島(あきつしま) 大和の道ぞ 要なりける

左から書かれている?少なくとも右下の「那里家流」くらいしか読めないのですが・・・。

この歌の大意は、昔からの大和の道はいつまでも変わらないものだから、
信念を持って正しく進むようにというものらしいです。

ペリー提督が浦賀に来訪して以来、これまで鎖国していた日本は
外圧により開国をしてしまいます。日本での軍備増強を図る中、
長州や薩摩はイギリスと、幕府はフランスと手を組みました。
とはいえ、どの国もしたたかに日本に興味を持ち、狙っていたのでしょう。
そんな時代に詠まれたこの歌をみると、たとえ読めなくともしばし感慨にふけってしまいます。

PICT0077_20091022173232.jpg

弘道館の展示室に飾られていたメダル。
IEA(国際原子力機関)の核融合におけるベリリウム技術の応用に関する
ワークショップの時に記念に作られたそうです。

「藝於游」
これは、「芸に遊ぶ」と読みます。
芸とは、この時代であれば、武芸や学問をさします。
遊ぶは、「遊んでる暇あったら・・・」みたいに、まじめにやらないで適当な感じもするけど、
ここでは楽しむ、といった意味になります。

つまり、武芸や学問などを楽しんで一生懸命やるようにという意の、
弘道館の精神がこの3文字に収められています。

ただ黙々と一生懸命やることは大切。
しかし、ただ一生懸命やりすぎて、そもそもの楽しむことを忘れてやいないだろうか。
楽しみがなければ、何のためにやっているのだろう。
目先に見えるものは苦しいことがついつい多くなってしまいがちだが、
この藝於游という言葉は常に心に持っておきたい、そう感じました。

幕末の激動の時代に作られたこの弘道館、
今の平成の世を生き抜いていくためのヒントが他にもたくさんあるかもしれませんね。

藝於游(その1)―4月の偕楽園
藝於游(その2) ―好文亭と花の散歩道
藝於游(その3)―偕楽園駅
藝於游(その4)―千波湖
藝於游(その5)―光圀公
藝於游(その6)―弘道館
藝於游(その7)―水戸の桜


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