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ICHIRIDUKA ~ milemark for travelers
基本的には旅のページ。 ただ、いつも遊んでるわけじゃないんで、時々野球とか地元茨城ネタとか、気の向くままに書いてます。



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Author:まっつー
はじめまして。まっつーです。
日本全国回ってます。
旅の手段は飛行機から船、電車、バス、自転車、徒歩まで何でも問いません。

旅した記録を、書いたのがこのページ。
辞書に”milemark”という言葉はありませんが、1マイルごとにある表示のことだそうです。日本で言うと、一里塚。
旅の記録を"milemark"として、一つずつこの日記にこめられればと思っています。

はじめてこのページにお越し頂いた方でも、だれでもコメント残していってくれるとうれしいです^^)/
よろしく!!



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ドイツ事情9―11月9日、壁の崩壊から20年
IMG_5930.jpg


さて、11月9日。
ベルリンの壁崩壊から、今年で20年となりました。

ベルリンの壁崩壊は、それまで分断されていた東西ドイツが統一したということだけではなく、
米ソの二大勢力による冷戦体制の崩壊の序章という、大きな意味を持ちました。

ベルリンの壁の詳細はWikipediaの記事に委ねましょう。
本当は東西ドイツの移動が緩和されるような法律の制定だったのが、
生中継で誤った発表をしてしまって市民が国境へ押しかけ、
ベルリンの壁崩壊が起こったそうな。
読んでみると、なかなか面白いです。

ベルリンの壁(Wikipedia)

いまだに、この壁が残っていたことで東西のドイツは大きく違います。
電車の統廃合がいまだに行われていることは、前述の通りでしたね。
そのほかにも、

IMG_5911.jpg

IMG_5916.jpg

東側(ソ連勢力)と西側(米国勢力)の勢力で、町並みが全然違ったり。
目には見えないけど、市民の生活レベルも違ったのかもしれないです。
個人的には、古い感じの東側のベルリンの雰囲気が好きかも。

壁は市内を完全に分断していたのに、今はほとんど残っていません。
市内各地に、上の写真のように一部だけが切り取られていたり、
他の国へ運ばれたり。日本にもどこかで展示されているそうです。
長い距離が残っている所は、川沿いの1.3kmの散歩コースだけです。

IMG_6084.jpg

ちょっとした合間があったので、ベルリンの壁が残っている所へ行ってきました。
ここはチェックポイント・チャーリー。検問が厳しく行われた所です。

IMG_6083.jpg

壁が崩壊した時の写真が、パネルの形で飾られていました。
ちょうど人も写真に写ってるけど、壁の高さは4mは超えないくらい。
長いはしごを持ってくれば、とどきそうな高さです。
けどベルリンの壁は2重になっていて、人がまったく入らないはずの
緩衝地帯があります。
そこで人影を見つかったらすぐに銃口が向けられて・・・
なお、壁の上が丸くなってるけど、
忍者が使うようなカギのついたロープがひっかからないようにするためかなぁ?

IMG_6086.jpg

このきれいな道は、28年もの間壁が築かれ、人や物などの流れが遮られていました。
けどここには東西ドイツの統一という意味だけではなく、
第二次世界大戦後、敗戦国の米ソ二大勢力による分割統治、
その後は二国による権力争いがありました。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ危機、ドイツの分断など、
これらの出来事は二大勢力の対立が背景にありました。

ベルリンの壁崩壊から20年。
米国オバマ大統領が核軍縮を推し進める提案を行い、
それに同調した国々も多く見受けられます。
それでも、同時多発テロに始まった新たな勢力との戦争、
今後起こるであろう、食料やエネルギー、人口増加に起因する
新たな紛争など、まだしばらくは火種がつきそうにありません。

この境目に立って、ベルリンの壁とは何だったのか、
そこから得られた教訓は何か、問題が山積する中で、
よりよい世界を作るために、人々が幸せに暮らせるためには
これからどうすればよいか、しばし考えさせられました。


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